2014年04月16日

指導のプロは努力と情熱によって作られる

まずはじめに、個別指導塾での生徒対応の実例を続けて2つ紹介します。



①ある生徒が宿題をやってきませんでした。

担当の先生は「次からは必ずやってくるように」と注意し、その日はそれだけで済ませました。

次の回、そしてまたその次の回と、その生徒は連続して宿題をせずに塾にやってきました。

担当の講師はもうあきれて何も言わなくなりました。

授業後、講師はその日の授業の様子、その生徒の様子を教室長に「あの子はいくら言っても宿題をやってきません。やる気がないですね」と報告しました。

教室長は「確かにそうだな」と苦笑いをするだけでした。

その後、その生徒の保護者の方と話す機会を持った際、教室長はそのことを次のように伝えました。

「担当講師が注意しても宿題をやってきません。お母様のほうから塾の宿題をしっかりやるように指導してください」



②ある生徒が宿題をやってきませんでした。

担当の先生は「次からは必ずやってくるように」と注意し、その日はそれだけで済ませました。

次の回、そしてまたその次の回と、その生徒は連続して宿題をせずに塾にやってきました。

担当の講師はその生徒をかなり厳しく叱りました。

自分がどういう目的で宿題を出しているか、なぜその宿題をやることが大事なのか、それをしないということがどれだけマイナスになるのかを厳しい口調で伝ました。

ちなみにその講師は女性です。普段は非常に明るく、生徒たちに慕われている講師です。

叱られた生徒はおそらく好きな先生に叱られたショックと、叱られるようなことをした反省とがあったのでしょう、叱られている間中ぽろぽろと涙を流していました。

そしてその講師は教室長に「すみません、厳しく注意したら泣いてしまいました」と報告しました。

教室長は「本当に必要な指導なんだから気にする必要はない。ご家庭には私のほうから話しておくから、その生徒のフォローだけしっかり頼むよ」と告げ、すぐに家庭に電話を入れました。

その電話で教室長はまさに今授業内で起こっていることをありのままを伝えました。

その上で「今日、塾からお子さんが戻られたら様子が少しおかしいかもしれませんが、そういう事情があったからだということをご理解ください。その上で元気付けてあげてください」と伝えました。

お母様のほうから返ってきた言葉は「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」でした。



さて、いきなり塾での事例を二つ挙げてみました。

いずれも宿題をやってこなかった生徒に対する講師・教室長の対応についての実例です。

みなさんはこれを読んでどのようにお感じになったでしょうか。

お子さんを通わせるのならどちらの塾に通わせますか。



塾の講師は『成績を上げるプロ』『やる気を引き出すプロ』でなくてはなりません。

勉強を教えるだけなら、知識さえあれば誰だってできます。

しかしそれぞれの生徒の成績ややる気をアップさせようと思うと、授業中の言葉がけひとつにも工夫が必要です。

宿題もただ出すだけではなく、意味のあるものを出し、それをやってくることの重要性を子どもの心に響くように伝えなくてはなりません。

工夫し、試行錯誤しながら生徒と接する。常に生徒の立場でものごとを考え、生徒のために行動する。

当然そこには、宿題をやってこない等の生徒の甘えを容認してしまうような雰囲気はありません。

なぜならそれはその生徒自身のためにならないですから。

そういう講師の情熱が生徒のやる気に火をつけるのです。

生徒自身の中にやる気の炎を燃え上がらせるというより、講師の情熱が生徒に引火するという表現のほうが適切かもしれません。

『子は親の背を見て育つ』ではありませんが、『生徒は講師の背を見て学ぶ』でないといけません。

塾のプロ講師というのは才能以上にそういった努力が生み出すものだと思います。



ちなみに上の事例の生徒がその後どうなったかも書いておきます。

①の塾の生徒はしばらく後にその塾を辞め、他の塾に移りました。

理由は「成績が上がらない」「やる気が出ない」というものでした。

②の塾の生徒はその後今まで以上に楽しそうに塾に通うようになりました。

もちろん宿題もしっかりやってきます。

叱った講師との絆もさらに深まったようで、勉強に身が入るようになり、成績も飛躍的に伸びました。

学校の友達もその生徒の塾の話を聞き、何人もが入塾したいと問い合わせてきました。

最終的にはその生徒はその講師との二人三脚で、見事志望校に合格し、卒塾していきました。



塾の講師はご家庭から月謝をいただいて指導している『プロ』なのです。

情熱を持ち、生徒の何倍も何十倍も努力することで生徒を導いていかなくてはなりません。

それぞれの生徒にとって、通っている塾が『かけがえのない学びの場』であるために常に努力する講師が揃っている塾こそが『良い塾』なのでしょう。




posted by 塾長 at 21:46| Comment(0) | コラム | 更新情報をチェックする

2014年04月12日

教えないことこそ教育?

「塾に通うようになったのはいいけれど、家でまったく勉強しなくなっちゃって…」

塾に通うようになり、勉強内容自体は今まで以上によくわかるようになったのに勉強時間が減る…。

一見矛盾しているようですが実は非常によくあるご相談なのです。

なぜ勉強内容がよくわかるのに勉強しなくなるか…。

それは学習内容がよくわかるからこその安心感です。

油断と言い換えたほうがいいかもしれませんね。



誤解を招くような言い方になってしまうかもしれませんが、塾は『わかるように教えるところ』であってはならないと思っています。

わからないところが塾に通うようになりわかるようになる、それ自体は大変素晴らしいことです。

しかし塾の授業内においてすべて完結してしまうことで、「わかるから大丈夫」と思い込ませてしまうのはどうかと思います。

たとえば学校の定期テストの点数を上げることだけを目的としたならば、直前に徹底的に面倒を見て、わからないところは解き方を丸暗記させ、最後に予想問題を作ってチェックすることで点数は取れます。

予想問題が当たりでもすればさらに良い結果が出るということもあるでしょう。

しかしこれは生徒自身が獲得したものではなく、完全に塾に依存した好結果ということになってしまいます。

もしその生徒がその後塾を辞めることになればどうなるでしょう。

同じように計画をし、同じような対策を立て、テストに臨むことができるでしょうか。

同じように結果を出すことができるでしょうか。



目先の勉強内容をわかるようにさせるのは簡単です。

丸暗記でも何でも1から10まで教え込めばいいだけですから。

しかし、それではその子の本当の力を育てているとはいえません。

『教育』の『教』ばかりに目が向き、『育』のほうを忘れてしまっています。

手を引いて目的地に連れて行ったのでは、次からも誰かが連れて行ってくれないと行けなくなります。



教育の現場では、指導する側はそれぞれの生徒の将来、人生、さらにはもっと広い意味でその子どもたちが担う将来の社会まで意識しながら指導すべきであるというのが私の考えです。

それぞれの生徒が、自ら課題を克服するために立ち向かえるよう手助けし、応援することが指導する側の仕事です。

そういう意味では、『教えすぎること』は決してよいことではありません。

逆に『教えないこと』が大切なのかもしれません。

生徒自身は自分で苦労して克服しようとするよりも、わからないところをすぐ聞いて教えてもらうほうが楽です。

教える側も生徒自身の努力を根気よく見守るよりも、手っ取り早く教えてあげたほうが楽です。

しかしそれではその場しのぎの教育になってしまいます。

いくら遠回りでも『塾が取らせた100点』ではなく、『生徒自身が自らの手で勝ち取った100点』を目指さなければならないと思います。



「塾に通うようになって、今まで以上に『勉強が難しい』と口にするようになった」という状況が実は理想なのでしょう。

こういう場合、一見「塾に通っているのに勉強がわかるようになっていないというのはどういうことだ」という思いもします。

もし、お子さんがそれでも一生懸命に克服しようと努力する姿を見せているならば、塾で『今までより高いレベルの課題』を与え『自ら克服しようとするやる気』を育もうとしているのです。

わが教室はこれからもずっとこの考え方で生徒指導を行っていきます。





個別指導学院プレストは埼玉県所沢市の個別指導塾です。

最寄り駅は狭山ヶ丘駅です。

お近くにお住まいで現在学習塾をお探しの方、ぜひ一度お越しください。

プレストのホームページはこちら



posted by 塾長 at 17:18| Comment(0) | コラム | 更新情報をチェックする

2014年04月10日

言葉の大切さ

一度じっくり振り返ってみてください。

あなたは今までに誰かに言われた言葉で、あなた自身を変えてしまうほどに心を動かされたという経験はありますか。



人は人との関わり合いの中で生きています。

決してひとりで生きているわけではありません。

「自分は自分」と言ってみても、やはりその『自分』を確立する上で必ず誰かの影響を受けているのです。

きっと誰でも「あのときのあの言葉があるから今の自分がある」という経験はあるのではないでしょうか。



私の場合、中学生のときに母に言われた言葉が、私という人間を形成する上でのひとつの大きな柱になっているように思います。

母はこう言いました。

「あなたは本当にいい加減だし成績も悪いしだらしがないし…いいところなしだけど優しさだけは人一倍あるね」

もうどんな状況で言われた言葉だったかも覚えていません。

母は笑いながら言っていたような記憶があるので、おそらく他愛もない会話の流れの中で出た言葉なのでしょう。

ですから母自身、こんな言葉を言った記憶はきっとないと思います。

でも私は褒められているのかけなされているのかわからないようなこの言葉が本当に嬉しかったのです。

自分が大切にしたいと思っているものをきちんと評価してもらえたような気がしたのです。

私は小学生の頃から将来は先生になりたいと思っていました。

でも小学生の頃の夢なんてただのあこがれ程度です。

当然、現実味を持ったレベルでは考えていませんでした。

しかし中学生のときの母のこの言葉で「親身になって子どもたちの相談に乗ってあげられるような先生になりたい」と強く思うようになりました。

そして現在、当初の夢であった学校の先生ではないにせよ、教育業界でもう結構長く仕事をしています。

当然学習塾経営者・教室責任者という立場上、直接子どもたちに接するだけでなく、保護者の方と接する機会も多いです。

しかし「自分の持っている知識や技能を提供し、親身になって相談に乗り、その結果相手に喜んでもらえるのが一番嬉しい」という思いは、よく考えてみると中学生のときのままです。

そういう意味では私は夢を叶え、天職に就いたのかなと幸せに思っています。



言葉というものは、時には暴力となり、また時には生きる支えともなります。

これから大人への階段を上ろうとするお子さんをお持ちの保護者の皆さん、お子さんのよいところはしっかりと認め、褒めてあげてください。

親からの言葉は子どもの心に深く刻まれます。

私がそうであったように、そして同じような経験がおありの皆さんもそうであるように、親からの言葉が生きる支えとなり、その言葉によって生涯自分が励まされ続けたら、これほど幸せな生き方はないのではないでしょうか。




posted by 塾長 at 14:32| Comment(0) | コラム | 更新情報をチェックする